No.105

 見積りの基本姿勢                             

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

105-1.事故車の見積りとは?

 

◆戦国時代、日本最大の大名の一つであった北条氏は、始祖早雲以来五代90年その勢力圏は、相模、伊豆、武蔵、上総、安房、上野の6国、および常陸、下野駿河の一部を含む280万石の老大国であった。三代目氏康が、子の氏政と食事をしていたとき、氏政は一椀のめしに汁を二度も掛けて食った。その様子をみて氏康は「北条の家も、わし一代で終わりらしい」と、落涙したという。その理由を氏康は説明し

「大体、飯というのは貴賎みな一日に二度(このころ食事は日に二度であった)食う。だから自然、鍛練出来て目分量がわかるものだ。いま氏政のやることを見るに、最初汁をかけ、それが足りぬとみたのか、また掛けた。その程度の見積りができないのに国を保てるはずがない」と、いったという。

(司馬僚太郎著『覇王の家』)

 

◇修理工場経営においても全く同じことがいえます。これから行おうとする事故車復元修理作業の見積りが正しく出来ない工場はこれからの厳しい時代に工場を保てるはずがありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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事故車修理見積り事典725

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